日本の公は、そもそも大きな家の意味。 権力主義社会では、一夫一妻型大家族のこと。
公は、西洋流publicの翻訳にあてられるけれど、 精密には、公とpublicの差異は大きい。 教科書流に公=publcを安直に信ずるとだまされる。 公=publicを偽装するのが日本の似非近代主義者。
publicはpublish(出版)に通じ、 公開性を重要とする。
でも日本の公は、大きな家だから、家の部分に private性が、秘密性、非公開性が含まれる。
Public精神を持たざる日本の権力者や官僚らは、秘密 主義に走り、民主主義を形骸化、機能不全にする。
日本にもpublicの概念を定着させるのがよろしい。 公開の思想、Openの思想。
公開情報を前提に、各人が独人の意見を形成し、 社会で最大公約数の共通意見を成立させる。 実現にはかなりの時間がかかるけれど。
日本官僚は、最近、政策に関するpulic comment とやらを陰で集めて、形式だけ整備するらしいけれど、 寄せられた意見を反映させず、黙殺。 罰当たりだ。
その一方で、偏向した基準で組織された審議会等を悪用 して、議会政治を空洞化。いつの日か必ず自滅する。 |
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