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山の流れの様に、脱権力

右翼国家主義左翼破壊主義両方を批判、生態系の思想、脱近代、温故知新、等の方針で思想彷徨、摸索

戦前日本は英国流立憲君主制への移行を逸して暴走自滅した

戦前日本明治憲法体制は、Germany(ドイツ)を手本にした専制君主


体制。天皇に軍への統帥権を持たせるなどの危険な面が含まれた。



Germanyは、第一次大戦(欧州大戦)で暴走、敗北したけれど、


結果として、Russia,Turkey(トルコ)等を巻き込み、


皇帝制を廃止に追込み、人類文明近代化を促進させた。



日本(大日本帝国)は、このことに鈍感で、対応をとらず。


憲法改定して、天皇を非権力化、権威化(宗教者化)するべき


ところ、それを逃す。



天皇統帥権は、混乱期、維新期の、一時の便法として処理


しておけば、破滅を防ぐことが出来た。



当時日本は、病弱な大正天皇への対策として、裕仁皇太子を、


摂政にして、事実上のくり上げ即位させた。



ただし、摂政、関白は、平安期に、幼少天皇を傀儡として


即位させて置いて、皇后や妃の実家、藤原家が実権を握るため


に導入されたもの。裕仁摂政はそれからずれた形。



また、当時の、西園寺らの元老は、明治憲法条文をそのままにして、


運用を英国流、立憲君主流に変更。裕仁皇太子に英国体験もさせた。



最古の議会制近代政治を誇る英国は、明文憲法を持たず、慣習主義。


明治憲法条文を残して英国流を真似するのはやはり無理。



その無理が、議会と軍部の対立の際の、統帥権問題として噴出。


軍部や議会野党は、政府に対して、天皇の意志を騙りつつ、非難攻撃。



自分らに不都合な政策、対外条約、予算等を、天皇の意志、天皇


統帥権を蹂躙するもの、として批判。



それに対して、天皇は、立憲君主として自己抑制。統帥権を悪用


されても、自分の真意はこれだ、と説明することをせず。



満州事変の際のしこりも影響。現地権力者張作霖を日本軍部が暗殺


し、その実行者への処分を求めた昭和天皇に一旦は同意した田中


義一総理が、軍部説得に失敗し、うやむや処理をしたのに、天皇が


激怒、約束違反だ、辞表を出せ、と叱責したことがしこりに。



昭和天皇の若気の至りと評価する歴史論が多い。


対米開戦に際して、天皇は、開戦反対、の意志を滲ませる工作を


仕掛けたけれど、当時の空気に反して開戦拒否したら、自分が暗殺


される恐れすらある、と開戦に同意。



近衛元総理は、総理には軍を止める力は無い、軍を止めることが


出来るのは天皇統帥権のみ、天皇の戦争責任大きい、


と恨み節を残して自殺

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