近代以降日本は、官僚流無責任思想に毒され、敗戦
処理でもその弊害が出た。
冷戦終結後のBubble崩壊、不況。08年Lehman金融
危機。2011年3・11大震災。
日本官僚体制は無能無責任をさらしたけど、官僚主導
体制を脱却して、責任取るべき者どもに責任取らせる
ことが出来ず。
戦後丸山真男政治学は、天王星無責任体制を指摘し批判
したけど、丸山は国立大学教師、一種公務員の地位の
故に官僚無責任の問題を棚上げした。
天皇は本来宗教権威者として政治責任を免除された
けど、軍部は天皇直属、の統帥権思想で、天皇のみ
ならず自身も無責任だと錯覚?
この問題と、官僚が縦割り分業を悪用して責任逃れ
をするのは、細かくは別の問題。
戦前戦時日本国民が、軍部の清潔さ、有能、正義を
どれだけ信じたか、怪しい。
敗戦後多くの国民が、悪魔の日本軍から一般国民
を解放したとする占領軍GHQの正義を歓迎し受入れた。
戦後日本政治では、革新左翼政党が、清潔さを売り
にして所謂保守系与党の金権腐敗政治や大企業の強欲
を批判しても、十分な支持を得られず。
日本人の多くが官僚制を容認するのは、官僚の清潔さ
を評価するよりも、人物評価の基準として、官僚制の
基盤をなす筆記試験を公平で優れたものとするからと
見られる。
日本の近代思想で問題なのは、努力偏重、効率軽視
のところ。努力すれば必ず結果が出る、睡眠時間を
減らしてでも、恋愛を後回し、棚上げにしても、努力
し勉強せよ、の思想。
それは過労死や少子化助長の一因。対策は、官僚制
筆記試験過大評価脱却。
各人の能力の多様性を認め、筆記試験で測定される
のは能力のごく一部と知り、試験秀才万能幻想を脱し、
個性化、効率化を進める。
試験秀才や官僚厄人を相対化、脱特権化、公僕化し、
各人が自身の得意なことを効率よくやる世の中に移行
する。
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