山岸俊男著「社会的ジレンマ」PHP新書。
権威主義人格の根底には、幼児期の体験で形成された不安感と無力感が存在する。
それらは、幼年期に親から愛され受け入れられる体験が無いと発生する。
それらを持つ人は、他人を信頼することが困難。不安解消のために、力を持つ権威との一体化を目指す。
虎の威を借りる。対人関係を支配、服従の力の論理で見る。(対等な関係の思想が無い、儒教社会の如し)
上下を異常に気にする。(日本の所謂縦社会にもこの傾向があると見られる。日本村社会には愛Erosが不足する。
個性が不足、個性、男女をうまく結び付けるための愛が不足。愛の代りに村の論理で生殖活動をやらせた。
でも日本を批判する唯物左翼も愛が不足するから、左翼の処方箋は見当外れ、左翼は問題を混乱させる)
皆が良くなるよりも、他人よりも自分が良ければ、全体状況が悪化しても知らず、の行動を取る。
類人猿や人類の脳が大型化したのは、集団生活での複雑な社会環境に適応するため、とする仮説が現在では有力視される。
集団での権謀術数、Machiavelliの知能が必要とされる。
▼爆笑問題、山岸俊男著「人間は動物である」講談社。
日本人は集団主義とされるけど、日本人の心の中には集団主義は無い。
社会の仕組みが集団主義。相互に見張り、罰する仕組み。でも、その仕組みが無いと不安になる。
日本人は、徹底したpolice国家で安心して生活するのかも。日本人は、他の人も集団主義で行動するとの信念を持つ。
個人主義で行動して、他人に嫌がられることを避ける。
社会心理学は適応論の立場。説教や道具主義を懐疑。(社会学は説教をする。社会学と社会心理学はことなる)
村社会には、安心はあるけど、信頼は無い。他人を信頼するとはriskをとること。
他人を信頼しつつ用心する生き方に移行する。

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