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山の流れの様に、脱権力

右翼国家主義左翼破壊主義両方を批判、生態系の思想、脱近代、温故知新、等の方針で思想彷徨、摸索

角栄以来の対中外交は失敗だと認め、日本外交を立て直せ
田中角栄政権が成立したころ、日本は国際貿易黒字化を達成、角栄がそれを背景に、対米従属、面従腹背の吉田茂戦略脱却を目指し、独自資源外交を試みた。

その志は良いとしても、やはり力不足、大半が挫折。USA・Nixon政権の対Soviet包囲網強化、毛沢東の対Soviet自立化作戦、米中手打ち、に角栄は拙速に反応した。

米中正式国交(79年)を待たず、文化大革命収束も待たず、72年に対中正式国交。Kissinger元国務長官を激怒させた。

尖閣領有問題、歴史問題等を詰めず、曖昧なままに残し、利権優先、それがつけとなる。そのつけが教科書問題、靖国問題、領海侵犯問題等、中共が年とともに反日姿勢を強化してで噴出。

日中友好関係は、国交から丁度40年、野田政権が尖閣国有化を決めた直後の中国内反日暴動、日系企業焼き討ちで実質崩壊。

野田政権を引きずりおろした安倍政権は、民主党鳩山由紀夫政権が、沖縄米軍基地自民党案破棄を画策して対米関係を破壊したと非難し、己れが関係回復させたと吠えた。

さらに対米外交に止まらず、地球儀を俯瞰する全方位外交だと豪語。
安倍政権は、対魯関係で中魯同盟阻止、対中包囲網形成を試みて挫折。


連立与党内の親中勢力、公明党や二階派に配慮してか、対中批判を明確には公言せず。USAには、対中関係に際して国際戦略が存在した。

Soviet包囲網を強化して冷戦に勝つ。冷戦後は、強くなりすぎた日本の産業競争力を弱めるため、対中関係を継続しつつ、中共や南Koreaの産業技術発展を支援した。

日本はその様な戦略に気づかず、USAの悪意に鈍感なままUSA追随を続けて産業衰退に追込まれ、経済2流国に後退。

冷戦終結後の対中関係、対中企業、工場進出は、日本のDeflation不況、物価賃金下落、産業空洞化を促進させ、格差を拡大させ、国益に反した。
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